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[書評]自分では気づかない、ココロの盲点

おすすめ度:★★★★☆(心理学用語を楽しく学べる入門書) ジョンはテニスプレイヤーです。 明日は100万円の賞金を懸けた試合で、強敵と対戦します。 今夜は対戦相手と共に、試合前の親善ディナーとなりました。対戦相手はコショウに対して食品アレルギーを持っています。 次の2つの状況では、どちらのほうが反道徳的だと感じる人が多いでしょう。 1. 対戦相手は知らずにコショウ入りの食べ物を注文しました。ジョンは黙ってそれを見ていました 2. ジョンはコショウ入りの食べ物を注文するよう対戦相手に勧めました ……こうしたクイズで認知バイアスや心理効果を80個教えてくれるのが本書です。 ちなみにこのクイズの正解は後者、つまり、対戦相手にコショウを勧めた方を反道徳的だと感じる人が多い、ということです。 では、そう感じるのはなぜか。 著者が説明する理由は、「省略バイアス」と呼ばれる認知バイアスです。これは、悪い結果は同じでも、放置してそうなった場合よりも何かをしてそうなった場合のほうが「悪」だと感じられる、というバイアスです。 私はトロッコ問題を思い出しました。 トロッコ問題といえば、倫理判断の根拠を義務論に求めるのか帰結主義で判断するのか、人間の命を「5人」と「1人」といった数量で比較できるのか、善悪と有罪/無罪にはどのような関係があるのか、といった様々な論点が噴出する、しかも明確な答えを導けない、という点で議論の題材として秀逸ですが、省略バイアスも関係してくるわけです。 まあ、人の命を数量で比較できると考えている人がいるとして(現実はそうなっておらず貧富や国籍で違いがある、が、違いがあるのは理想としてどうなのか、いや、命の軽重は平等かもしれないがだからといって質を無視して数量で比較はできないのでは、しかしトロッコが走ってくるのを発見した人は選択を迫られており深く考える時間的余裕が無いのだから結局数で判断するしかないのでは、など議論の余地がありますが、ここはあくまで数量で比較する人がいると仮定します)、その人が考えたとすると、トロッコの分岐を切り替えて1人を殺すのが正義のはずです。しかし、省略バイアスがあるので自らの手で分岐を切り替えることははばかられるわけですね。 判断基準が多数存在しており自問自答が尽きない点でトロッコ問題は議論を呼ぶ優れた問

[書評]対人援助の現場で使える 聴く・伝える・共感する技術便利帖

おすすめ度:★★★★☆(コミュニケーションの基本を学ぶ若手社員におすすめ) 対人援助とは文字通り他の人を援助するための行動です。 医療や福祉の世界で使われる言葉で、カウンセリング、問診、日常的なケアなどがこれにあたります。 そうした現場ではたとえばアルコール依存症といったやっかいな課題を抱えている方と相対することがあります。 そのため、援助対象との 信頼関係を作りケアにつなげるための上手なコミュニケーションの技術 が様々に磨かれているようです。 本書の内容は、対人援助の関係ない仕事全般においても 普段のコミュニケーション や 後輩の指導 などに問題なく使えるものでした。 本書の概要 聴く力 、 伝える力 、この2点のベースとしての 共感する力 が自分にどのくらい備わっているかを測るためのチェックリストが載っています。 チェックリストの各項目ごとに、その弱点による悪影響や改善方法が説明されているページがあり、それらのページを読むことで欠けている技法を身につけていこうという構成です。 共感する力 のチェックリストにはたとえば次の項目があります。 「ooすべき」「ooしなければならない」といった言葉をよく使う 「つらかったのですね」などと共感的に応答したあと、次の言葉が思い浮かばない うーん、私は4割くらい当てはまってしまいました。 こうした各項目の改善点として、「つらかったのですね」などの共感的な応答のあとには「よければもう少し詳しく聞かせていただけませんか」や「一番つらいことは何ですか」、「何か、私にできることはありませんか」などと続けると良いなどの具体的な改善策が載っています。 聞く力、伝える力についても同様の構成で、それぞれチェックリストには例えば以下の項目があります。 聞く力 : 先に相手が挨拶。自分はその後になることが多い とっさに困った場面で、笑い顔になっている 伝える力 : 伝えることに精一杯で、相手を観察する余裕がない 相手に伝わらないとき、「なんでわからないのだろう」とイラッとする 読んでいると、「これ、私の会社(電機メーカー。対人援助は無関係)で入社3年目くらいに受けた研修とほぼ同じじゃん。むしろこちらのほうが体系化されていていいじゃん」と思うことしきりでした。 その研修は

[ベストプラクティス]交渉

事前準備、交渉本番で実施すると良いことのリストです。 事前準備 守るべき最低条件を定めておく 代替案を用意しておく 代替案がなければ、足元を見られ、譲歩させられてしまいます 相手を自分にとってのone of themにすることで選ぶ立場に立つ。 交渉は選ぶ立場の方が強い 代替案は方向性が異なるものを複数用意しておくと良い。交渉の中で方向性を変えることを検討しやすくなります 例: 他の引越し業者という選択肢、そもそも引っ越ししないという選択肢、引っ越しはするが家具の大半を捨てて買い換えるという選択肢 自分を相手にとってのオンリーワンだと印象づける作戦を立てる 相手の選択肢を分析し、他の選択肢が劣っていると思わせる方法を考えておく 交渉タイミングを、相手の選択肢が少ないタイミングに調整する 相手の選択の余地を小さくすれば優位に立ちやすくなります 互いの価値観と比較優位を整理しておく 自分にとって低価値なものが相手にとっては高価値だったりする。そうした交渉材料を提供することで、低コストで大きな見返りを得られる こうした価値のギャップは、価値観の違いや比較優位によって生まれる 交渉本番 相手を落ち着かせる 怒り、悲しみなどで興奮している相手とは交渉ができない。相手に正常な判断力がないからです 興奮している相手に対して強気に出たり逆に下手に出過ぎたりすると、火に油を注ぐことになる。あくまでニュートラルな感情で対応する 従業員なら誰でも出入り可能な食堂や社外の喫茶店といった第三者が存在するオープンな空間で交渉すると他者の目があるので落ち着いてもらいやすい場合があります。また、万が一何かあった場合に証言者を確保しやすくなります 立場の違いに振り回されない 立場の違いに応じて丁寧な物腰で交渉に臨むことは大切ですが、だからといって、立場の強い相手に過剰に妥協する必要はありません そもそももしも立場が対等ではないなら交渉ではなく"命令"や"お願い"で物事が進むはずです。現に交渉が成立している以上、立場は対等が原則であり、過剰な妥協は不必要です 最低条件を明かさない 最低条件を明かすと、「その条件で妥結したい」と相手が考え始めて、好条件を引き出しづらくなる(心理

[書評]学級経営10の原理・100の原則

おすすめ度: ★ ★ ★ ★ ★ (プロの教員が著した教育の技術。教員のみならずひとに指示・指導するすべての社会人におすすめ) 教師は特殊な職業です。 日本の教育現場では、1人の教師が30人の生徒に対して指示を飛ばし、全員の足並みをある程度揃えさせながら、教科書での学習、ディスカッション、清掃、給食といった様々な活動を一日中行っています。 人数比(1 : 30)、足並みをそろえることに重きを置く点、知識の獲得のみならず生活習慣を教育する点、しかもこれらを一日中実行し続けるという点で、 他の多くの職業とは異なっています。 だからこそ、 多人数に指示を飛ばすノウハウ は教育現場の教員が優れたものを持っており、これを吸収することは多くの社会人にとって意義深いことでしょう。 本書は、中学校の教員が著した、学級経営を指南する名著です。 筆者は「ショート・ホームルーム10の原則」の「 見通しをもたせる 」という章で次のように説きます。  朝の会にしても終わりの会にしても、ショート・ホームルームの最大の目的は「見通しをもたせる」ということです。朝の会なら今日一日の見通しをもたせること、帰りの会なら明日の見通しをもたせることが最も大切なのです。 (中略)  朝の会にも終わりの会にも、必ず「先生のお話」というコーナーがあるはずです。朝の会では今日一日をどのように過ごしてほしいのか、帰りの会では明日一日はどんな一日になるのか、学級担任が自分の言葉で、自分のキャラクターを活かしながら語り続けることが大切です。こうした取り組みを毎日続けていくことによって、生徒たちに「聞く姿勢」を作っていくのです。 凡そ会社組織であれば、「朝の会」や「終わりの会」があると思います。それは月次定例という名前かもしれませんし、今期方針説明と呼ばれるものかもしれません。 そこで、「先生」は「見通しをもたせる」ことができているでしょうか。 何を言いたいのか掴めない、意図が見えない、そうした「朝の会」はここで述べられていることが実践できていないのかもしれません。 また、筆者は、生徒の素顔を観察する「 素行評価の原理 」として、次のように説明しています。  授業で発言している生徒は、自分が指名されて頑張って発言しています。なんとか自分の考えていることをわかりやすく説明

[書評]縄文の豊かさと限界

おすすめ度:★★★★☆(縄文時代の実像がわかる入門書) 縄文時代は1万年以上続きました。 文字がなかったことは広く知られていますが、他の地域では普通に出土している壁画や絵画が見つかっていないのも、特異な点です。 ただし文化的に遅れていたのかといえば、必ずしもそうではありません。たとえば三内丸山遺跡では直径1メートルの巨木を柱として用いた建物跡が出土しており、巨木を伐採するための道具や運搬技術、建築のための測量技術を有していた点で先進的だったといわれています。 文字も絵もなかったのに、どうやって技術を確立したのでしょうか……? まあおそらく絵については土器や石版に刻み込む習慣がなかったので風化してしまったのが真実でしょうが、そうした習慣がなかった事自体、絵というものに対する価値観が現在とは異なっているようです。 一方で、縄文土器は装飾に富んでいます。 あの独創的であり非実用的なフォルムには唯一無二の個性があります。 ひとくちに縄文時代といっても、1万年のなかの様々な時期、様々な地域があるので、そう簡単にはひとくくりにできません。 本書は、縄文土器、人口動態、食糧といった観点から縄文の社会の実態を明らかにする書籍です。 土器の生産技術は北方から伝わったのに、使用が普及したのは南方からだった 縄文時代、土器を生産する技術は日本列島の北方から流入しました。 しかし、土器が実際に使用されるようになったのは日本列島の南方からでした。特に九州南部では土器の使用の痕跡が大量に発掘されています。 遅れて技術が伝わった南方でなぜ先に土器が使用されるようになったのでしょうか。 それは生活スタイル、さらにはその背後の気候変化が要因です。 土器は重くて運びづらいので、長い距離を運搬するには向いていません。 たとえば狩猟民族は獲物を追って移住を繰り返します。そうした人々にとって土器は重くて使いづらいものなのです。 土器が普及するには、一つの地域に定住して、土器を持ち運ばなくて済むような生活スタイルが必要でした。そして、一つの地域で食糧を生産し続けるには農業が必要です。 縄文時代初期は気温が低く、日本列島は農業に適した気候ではなかったのですが、気候の温暖化により日本列島の南方から農業に適した気候へと変化していきました。 結果、土器の生産

[書評]ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国

おすすめ度:★★☆☆☆(やや説教くさい、具体的な改善につなげづらい) 日米の文化比較や歴史的経緯を踏まえて 日本の色々と良くない点を指摘する書籍 です。 タイトルと違って、ソフトウェアにのみ力点をおいているわけではありません。 企業文化を広く比較しています。 私が「へぇ」と感じた点を箇条書きにします。 雰囲気はわかると思います。 米国はソフトウェアの内製比率が高い。ソフトウェア技術者はユーザ企業に雇用されている 米国はセミナーに数十万円を払って参加する。セミナーは数日にわたって開かれており、かなり詳細な質問の交換がされる。また、ネットワーキングにも活用されている 米国CEOはトップセールスを仕掛ける 米国は仕事が不調なら論理立てて上司に説明する。上司はサポートしたりする。 米国はオーナーシップを発揮する。全てのものにオーナーが存在しており、品質に責任を持ち、改善策を考える 内容が薄く広い感じなので、 企業文化論を気楽に読みたいときには適した書籍 です。 本書では言及されていませんが、私の感想としては、ソフトウェア開発に関する差異は雇用の流動性が関係しているのではないかと思いました。 まず多くのユーザ企業にとってソフトウェア開発には繁閑があり、人員を増減させたいわけですが、 日本は雇用の流動性が低いのでユーザ企業自身で人員を雇用するわけにいかず、SIerに頼ることが多くなります。 また、日本はアメリカほど転職の機会が多くないので社外でも通用する知識を得ることに積極的ではなかったり、ネットワーキングの必要性が薄かったりするのかなと思います。 こうした法的規制を無視した「アメリカを見習おう!」は単なる掛け声に終わってしまいそうですね。

[書評]Lean UX

おすすめ度:★★★★☆(UXを中心にソフトウェア界隈のリーンを学べる) UXを無駄なく作り込むプラクティス UX (User eXperience) をLeanに改善する方法を解説する書籍です。 新規事業や新製品の企画、プロジェクトマネージャー、プロダクトオーナー、中間管理職あたりが想定読者だと思われます。 本ページでは前提知識、概要、私が特に気になった点を紹介しいたます。 UXとは UX(User eXperience)を日本語訳すると「 ユーザ体験 」です。 たとえばある商品のUXというと、その商品自体が与えるメリットに限らず、広告や包装が醸し出す上質感、購入しやすさ、廃棄にあたっての分別の簡単さ・・・・といった商品に出会ってから別れるまで全体の諸々の<体験>です。 普段の消費者の立場に立って考えるとUXの重要さがよくわかります。 仮に性能がとても良い掃除機があったとしても、UXが低い、つまり広告や見た目があまりにチープだったり、ものすごくマイナーな家電屋でしか売られていなかったりすると、実際なかなか買おうと決めづらいのではないでしょうか。 だから、現代のビジネスにおいては商品そのものの魅力だけでなくUXが重要だといわれています。 Leanとは Leanとは無駄を排除して効率的に仕事を進める姿勢です。 そもそもの言葉の由来は、MIT(マサチューセッツ工科大学)がトヨタの生産方式を体系化してLean生産方式と名付けたことが始まりです。Lean生産方式とは無駄なく効率的にモノを生産する方法です。 Leanの考え方はその後世界的にヒットして製造現場以外にも適用されるようになりました。 リーン・スタートアップ(無駄のない起業)、リーン・アナリティクス(無駄のないデータ分析)、リーン・ソフトウェア開発(無駄のないソフトウェア開発)などです。 本書の Lean UXは、無駄のないUX改善 、といった意味です。 本書が前提とする問題意識 新規事業開発や新製品開発では、どのような人がユーザとなるのか、そのユーザが抱えている課題はなにか、といった点が不明確な状態でスタートを切ることになります 。新規事業、新製品なのだから当然ですね。 かといって、上記の点や、製品の細かい仕様、販売チャネルなどをいきなり明確にしようとする